吉池旅館の敷地は、
三菱2代目(初代弥太郎氏の弟)である岩崎弥之助氏
が明治30年代中期に欧米視察から帰国した際、
外客来遊時のゲストハウスの必要性から、別荘機能も兼ねて
当地を選び明治37年までには、清水仁三郎氏設計の和館(現存)
〃42年頃までにジョサイア コンドル氏設計による洋館(関東大震災倒壊)
ヒマラヤ杉の大木は失われた洋館の名残です。
残された古写真に小さく写っています。
弥之助氏は明治41年に亡くなられていますので、
洋館に入られたのは、3代目に当たる初代弥太郎の息子久弥氏ということになります。
大正11年に 英皇太子が箱根ご来遊時は湯本ではこの洋館に滞在し、
スコットランドの離宮に似てるとのご感想を話されたとか。。。
関東大震災での倒壊は残念ですが日本庭園にヒマラヤ杉の怪の謎解きに一興そえています。
昭和12年に
吉池旅館の創業者が全体を買い求めた時、オーナーは弥之助の息子で
4代目の小弥太氏であった為、湯場の住民達も小弥太さんの別荘と通称していました。
残った和館建物と創建当時からの庭園が一体となって調和する景観美。
平成10年11月に箱根町一号の登録文化財に指定されました。
|